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行政による表現規制が表現物に与える影響についての今の私の考え(2010/8/21)

2010.08.21.07:12

行政による表現規制が表現物に与える影響についての今の私の考え(2010/8/21)
※ただし、行政が内心に踏み込むことや、治安維持法的観点からの危険は表現物に与える影響以外と考え、それには触れない。

さて前回は表現の流通度と社会に与える影響を考えました。さて、同じ有害さ(つまり前回の図でいうところの傾き)をもつ表現をひとまとめにしてしめした直線を考えましょう。そして、現状はこの直線上の点で表現できるのでしたね。(図1)
3-1
図1では今、ある共通の有害さ(=傾き)の表現についての直線のみが描かれていますが、これに他の有害さをもつ表現についての直線を重ねてみます。(図2)
3-2
図では、より有害な(傾きが大きい)表現ほど流通していない状態(点が左よりである)を現していますね。
さてここで横軸に表現のもつ有害さ(社会に与えた影響の合計ではなく一人に与える有害な影響の期待値=直線の傾き)、縦軸にその流通度(直線上にある点のX座標)をとったグラフを考えます(図3)
3-3
つまり横軸のある点を指定すると、その有害さに対応する直線が考えられて、その直線上の現状を表す点に対応する流通度を縦軸にとる、ということです。これを繰り返して図3ができるわけです。
因みに私の基準でこの図3に対応するものをつくると、図4のようになります。
3-4
有害さが大きな図書なんて存在しないということですね。横軸流通度、縦軸有害度でとったとき大きな傾きをもつ表現など存在しない、つまり、個人への影響を棒グラフにしたときの上向き青部分はほとんどゼロだ。という主張です。
しかし、一方で、個人に与える有害さの評価を私より大きく評価する人もいるでしょう。ですから、ここでは一般な曲線として、図3のようなものを想定しましょう。これは表現に圧力のない、まったく自由な状態での曲線とお考えください。
さて、前回社会的なとりくみによって、点を直線上で左にずらせ、といいました。(図5)
3-5
この変化はつまり横軸有害さ、縦軸流通度でとったプロットですと、図6のような変化として現れるわけです。
3-6
これをいろいろな有害さ(直線の傾き)をもつ表現について考えましょう(図7)。
3-7
横軸を右にいくほど、つまり有害だと感じる人がおおいものほど、より大きく表現の自粛を求められている状態ですね。
さて、では立法により規制を行うとどのような変化があるのか。それは図8のようなものと考えます。
3-8
縦に一本引いてある線が立法の基準で、ここより右はすべて0になります。
このように立法されるとギリギリの表現は出来なくなりますから、当然影響はここより左に及び図8のようになるわけです。
で、この基準となる縦線。これが社会が0になるように求める表現なら、まぁまだまし。(それでも問題はありますが。後述)
ですが、社会が半分になるように求めているものが、規制対象から外れますか? 立法は多数決主義ですから、少なくとも過半数が求めればそれが絶対になります。例え最初に図8のようなものだったとしても図9のように規制が左に進むことが懸念されます。
3-9
社会が求めた赤いラインとは明らかに異なります。
では、仮にこの問題が解決された、つまり社会全体がほぼ0になることを要求するようなものだけを規制対象にするようにラインを引いたら、問題がないのか(図10)
3-10
そんなことはありません。重大な問題が残されます。それは社会の変化に対する応答の問題です。

社会が変化・成長し、同一の表現でも悪影響を受けない状態(前回でいうところの傾きが小さくなった状態。個人別棒グラフの青い部分が小さくなった状態)を実現できたとしましょう。もともと有害と判断されていたものが有害でなくなるわけですから、有害さの低い部分では流通量が増え(これは無害になったからいっぱい出まわるという意味ではありません。全体を見たときに同じ商品が同じだけ出回っているが、有害度が低いと判断される表現が増えたということです)、有害度の高い表現は減ります。(図11)
3-11
自由な表現がなされた場合の曲線が動くのに合わせて、社会によって要求される曲線も、多くの表現の流通を認める(曲線が上側に広がった)状態に変化します。
さて、じゃあ、法規制の曲線がここに加わるとどうなるのかというと、図12がそれを現しています。
3-12
さて、図10では社会による要請と立法による規制はほぼ一致していましたが、社会の変化に対する応答は大きく違います。
なぜか。それは、社会による要請はこれ以上有害だとまずい!ってレベルで自粛要請があるのに対して、法律はそれを離れて、具体的な内容に踏み込んで規制内容を定義するからです。
社会にとってこれ以上まずいライン(図11の縦線あたり?)っていうものがあっても、社会が成長し、ここより右に位置していた表現が、このラインの左にくれば、その表現は認められる。
しかし、法規制は”表現の内容をもって規制内容をさだめる”ため、表現の有害度が下がるとそれに合わせて有害さの低いがわに規制の曲線がずれてしまう。これが、図11、図12のいわんとすることです。
もちろんたとえば”その表現をみて犯罪を犯すものが3人を超えたら規制”みたいな定義なら、有害さを反映するのでしょうが、例えば”小学生の性表現”などと定義したら、社会が成長し、それから悪影響を受けなくなってもなお、規制は及んでしまうわけです。言葉を変えると、ある表現が、せっかく社会的な有害許容範囲外から範囲内に映ったのに、法規制はそれを追いかけてきてしまうということですね。


また、他にも問題点はあります。社会の考え方の変化によって、許容できる範囲が変化することも考えられますね。そうするとき、図6のような状態からは矢印のように変化することが可能です。(図13)(右向きの変化は、社会が表現に対して寛容になった状態、左向きの変化は表現にひどく自粛を求めている状態です)
3-13
ここで、法による規制がなされてしまっていると、変化は右向きには現れえません。つまり、曲線が右にうつることができない。(図14)
3-14
法律による規制を許せば、たまたま表現に厳しい社会だったタイミングで規制が強化されてしまう。そしてその社会から脱しても、法は残ってしまい、社会が求める表現ができなくなる。(なんの法規制もなかったとき求められるであろう表現といういみですが)
時代の変化に合わせてどのような表現を許容するのかは当然変化します。それを妨げる法規制は今の社会の意志を仮に反映できたとしても、今後大いに問題を発生させるのです。
時代に合わせて法を変えればいいという意見もあるかも知れませんが、法規制ではあるラインより右側の表現が完全に消えてしまう訳ですから、あるラインより右の意見を解禁せよという言論は絶対に不可能とは言いませんが、原理的にその思考回路に辿りつかないように規制されている。これは非常に危険なことです。

まぁ、全3回分の内容はとりあえずここで閉めさせていただきます。これは現在の私が、頭の中をこう整理しているというものでこれが正しいというつもりは全くありませんが、読んでくださったみなさんの頭を整理する助けになればと思ってまとめました。
ま、意見等あればお待ちしています。また、この内容も少しずつ洗練していきたいです。では。
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